広島3日目朝 原爆の日・平和記念式典
広島3日目 原爆の日・平和記念式典
お笑い 女性 マジシャン の荒木巴です。
広島滞在3日目。
前日は原爆ドームから平和記念公園まで歩き、
ドン・キホーテのお隣りにあるラーメン屋さん「ばくだん屋」で、
ごまをいっぱい入れて、
汁なし担々麺!笑
前日までの広島旅ブログはこちら ↓
夜は広島市内のホテルはどこも満室だったため、原爆ドームまで徒歩3分ほどのネットカフェで就寝。
ドンキホーテで広島らしい牡蠣のおつまみや名物のホルモン揚げを購入!
広島だとコンビニでも気軽に買えるせんじ肉(ホルモン揚げ)が美味しすぎて、心から東京でも販売していただくことを願います。笑
そして、翌日
1945年8月6日、73年前の今日、世界で初めて原子力爆弾が広島に投下されました。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、「二度と同じような悲劇が起こらないように」との戒めや願いをこめられた負の遺産、原爆ドーム。元は広島県産業奨励館として様々な美術展などが開催され、広島の文化拠点として貢献した場所でした。
平和記念式典がはじまる8時前には原爆ドームの前に様々な主張の方々が。
平和を守るためにも色々な考え方があり、ぶつかり合いがあるんだなーと。
それぞれが自由に主張でき、活動ができること、それ自体が平和である証なのかもしれません。
私は私で様々な意見・主張のある方々でも舞台の前では共に笑い、楽しい時間が過ごせる平和を目指して芸を磨いてまいります。
原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)の行われる平和記念公園へ。
7時55分に式典に先立ち、市民代表による原爆犠牲者に対する献水が行われ、8時より式典が開始。
平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)次第
1開式
2原爆死没者名簿奉納
3式辞
4献花
5黙とう・平和の鐘
6平和宣言
7放鳩
8平和への誓い
9あいさつ
10ひろしま平和の歌(合唱)
11閉式
73年前に原爆が投下された8時15分に平和の鐘やサイレンが鳴り、原爆死没者に哀悼の意を表し、そして恒久平和の実現を祈り、1分間の黙祷をいたしました。
続いて、広島市長 松井一實による平和宣言(広島市HPから引用)
平和宣言
73年前、今日と同じ月曜日の朝。広島には真夏の太陽が照りつけ、いつも通りの一日が始まろうとしていました。皆さん、あなたや大切な家族がそこにいたらと想像しながら聞いてください。8時15分、目もくらむ一瞬の閃光。摂氏100万度を超える火の球からの強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風。立ち昇ったきのこ雲の下で何の罪もない多くの命が奪われ、街は破壊し尽くされました。「熱いよう!痛いよう!」潰(つぶ)れた家の下から母親に助けを求め叫ぶ子どもの声。「水を、水を下さい!」息絶え絶えの呻(うめ)き声、唸(うな)り声。人が焦げる臭気の中、赤い肉をむき出しにして亡霊のごとくさまよう人々。随所で降った黒い雨。脳裏に焼きついた地獄絵図と放射線障害は、生き延びた被爆者の心身を蝕(むしば)み続け、今なお苦悩の根源となっています。
世界にいまだ1万4千発を超える核兵器がある中、意図的であれ偶発的であれ、核兵器が炸裂(さくれつ)したあの日の広島の姿を再現させ、人々を苦難に陥れる可能性が高まっています。
被爆者の訴えは、核兵器の恐ろしさを熟知し、それを手にしたいという誘惑を断ち切るための警鐘です。年々被爆者の数が減少する中、その声に耳を傾けることが一層重要になっています。20歳だった被爆者は「核兵器が使われたなら、生あるもの全て死滅し、美しい地球は廃墟と化すでしょう。世界の指導者は被爆地に集い、その惨状に触れ、核兵器廃絶に向かう道筋だけでもつけてもらいたい。核廃絶ができるような万物の霊長たる人間であってほしい。」と訴え、命を大切にし、地球の破局を避けるため、為政者に対し「理性」と洞察力を持って核兵器廃絶に向かうよう求めています。
昨年、核兵器禁止条約の成立に貢献したICANがノーベル平和賞を受賞し、被爆者の思いが世界に広まりつつあります。その一方で、今世界では自国第一主義が台頭し、核兵器の近代化が進められるなど、各国間に東西冷戦期の緊張関係が再現しかねない状況にあります。
同じく20歳だった別の被爆者は訴えます。「あのような惨事が二度と世界に起こらないことを願う。過去の事だとして忘却や風化させてしまうことがあっては絶対にならない。人類の英知を傾けることで地球が平和に満ちた場所となることを切に願う。」人類は歴史を忘れ、あるいは直視することを止めたとき、再び重大な過ちを犯してしまいます。だからこそ私たちは「ヒロシマ」を「継続」して語り伝えなければなりません。核兵器の廃絶に向けた取組が、各国の為政者の「理性」に基づく行動によって「継続」するようにしなければなりません。
核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい。
私たち市民社会は、朝鮮半島の緊張緩和が今後も対話によって平和裏に進むことを心から希望しています。為政者が勇気を持って行動するために、市民社会は多様性を尊重しながら互いに信頼関係を醸成し、核兵器の廃絶を人類共通の価値観にしていかなければなりません。世界の7,600を超える都市で構成する平和首長会議は、そのための環境づくりに力を注ぎます。
日本政府には、核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。
本日、私たちは思いを新たに、原爆犠牲者の御霊に衷心より哀悼の誠を捧げ、被爆地長崎、そして世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。
平成30年(2018年)8月6日 広島市長 松井 一實
平和のシンボル鳩が大空に放たれました。
原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)は8時50分に閉式、
原爆ドーム方面に戻り、ここから荒木は大阪へと向かいます。
人々の様々な想いが交差する時間、その中で皆生きています。
私も私の想いを持って、生きていきます。